隅っこのスターに気付いた

ギリギリでいつも生きてるジャニヲタOLの記録

塚田担でいる事

11月8日は塚ちゃん(塚田僚一/A.B.C-Z)の入所日だったとのこと。

先日も記したが、やはりお祝いできる日が増えるのは嬉しい事である。

それに今回は勤続20年という節目という事もあって、塚ちゃんの偉大さを改めて思い知る。そもそも20年も同じ会社に勤めてるのがまず素晴らしいし、20年も同じ仕事(アイドル)を続けている事も素晴らしい。

きっとキャリアを積んでいく中で、違う道が何度も塚ちゃんの目の前に現れたと思う。そしてこれまでを振り返ると(失礼ながら)見切れる事も多かったし、今みたいに単独で注目される事もあまりなかった気がする。そうした中で考え悩みながらアイドルという道を今日まで選択し続けてくれたんだと思うと、本当に感謝しかない。

 

 

私が塚田担になったのは2011年に青山劇場で上演されていたPLAYZONE2011だった。

 

当時はA.B.C-Zでは郁人(河合郁人)を応援していて、タッキー以来の久々の担当誕生に盛り上がり、郁人を応援するために青山劇場に向かった。しかし、郁人は骨折により休演。残念ながらプレゾンで郁人を見たのは1度だけだった。しかし郁人はいないけどプレゾン楽しいし舞台を楽しもう♩と気軽な気持ちで入ったある日、客席登場にて通路で手を振る塚ちゃんの存在に気づいてしまった。

 

や、やばい…、あの人可愛い…天使だ…天使…やばい…可愛い…あれは……塚ちゃん?…え、塚ちゃんってこんなに可愛いの?…今まで気づかなかった自分…、バカ……

 

あまり当時の記憶はないが、たぶんこんな事を思ってたと思う。とにかく塚ちゃんがぴょんぴょん跳ねて回って楽しそうにステージにいる姿は可愛い天使に見えた。

この日を境に塚ちゃんの事がすごく気になる存在になり、えび事は塚ちゃんの話しかしなくなった。もちろん郁人の事も変わらず応援していたので、「自分の中でえびの中では担当は誰なのか」という疑問が大きくなっていった。

私の中ではこれは思ったより大きな問題であり、真剣に悩みに悩み続けた結果、半年かかって河合担を降りて塚田担となった。えびデビュー直前の事だった。

 

そのあと塚田担をやっていこうと揺るぎない気持ちになったのは、デビュー直後のABC座スター公演だった。1度だけ最前列に入った時のことだ。

この公演は2幕がショータイムでペンライトやうちわを持つ事が許可されていた。私はペンライトとお手製のうちわを持って両手が塞がれている状態で2幕に挑んだ。

2幕スタートした途端、隣の人が熱狂的な塚田担だったらしく、ステージ上の塚ちゃんに対して猛烈アピール。私は意外と本人目の前にするとおとなしくなってしまうタイプなので、その様子を横目で見ながらステージ上の塚ちゃんを見ていた。

隣の人の熱が塚ちゃんに通じたのか、塚ちゃんが途中こちら側のステージ袖に来た。隣の人はすぐにうちわとペンライトを片手に持ち替え、ステージ上の塚ちゃんと握手を交わした。

私は、私も!と行く勇気もなく、それを羨ましそうに見る事しかできなかった。

そうしていると塚ちゃんが私の存在に気付いてくれ、隣の人との握手が終わると私に手を差し伸べてくれたのだ。

 

私はプチパニックに陥りながらも脳からはとにかく急いで片手を空けろと指令が伝達され、急いでペンライトをうちわを持っている手に持ち替えた。自分の中では一番素早く持ち替えたつもりだったがどうだろうか。塚ちゃんの方に視線を向けると、塚ちゃんは微笑んで待ってくれていた。私が片手を空けている間も塚ちゃんは微笑みを絶やさず待ってくれていたんだと思った。塚ちゃんの手は(塚ちゃんと握手した事がある人はご存知の通り)温かかった。

 

私は塚ちゃんが手を差し伸べてくれた事、片手を空けるまで待ってくれてた事が本当に嬉しかった。こんなに優しいアイドルっているんだ、そう思った。そしてそんな塚ちゃんを好きになれた事も嬉しかったし、これからもずっとそんな塚ちゃんを応援したいと心から思った。

今でこそ、グループの中心にいる事も単独でお仕事をいただく事も多くなってきたが、塚ちゃんがテレビやステージの一番後ろにいたって一番端っこにいたって、塚ちゃんは塚ちゃんだし私の中ではずっと一番輝いてると思っている。

 

いつまでも塚ちゃんはキラキラなスーパーアイドルだよ!私はそんな塚ちゃんをずっと応援していきたい。